サイネリア〜わたしのひとりごと〜

アクセスカウンタ

zoom RSS 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語考察

<<   作成日時 : 2014/04/24 21:44   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語のBDを購入してじっくりと観賞することができましたので考察記事をアップ。

公開初日の感想はこちらです。
http://saineria.at.webry.info/201310/article_9.html

【評 価】(10段階)
作 画   :8(可愛さと怖さを上手く見せている)
ストーリー:10(ほむほむ劇場ここに極まる)
演 出   :10(対照的に描写されたOPとEDが見事)
Q B   :4(あなたに対しては100倍返しだ!!)


魔法少女達の始まりの物語を描いた劇場版魔法少女まどか☆マギカ[前編]、物語の全貌が明かされ運命に抗う少女の永遠の物語を描いた劇場版魔法少女まどか☆マギカ[後編]、その後の物語となるのが、劇場版魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語である。まどか☆マギカは、暁美ほむらの物語であると言っても過言ではないのだが、[新編]は正に暁美ほむらの主観で形成された世界の物語であった。タイトルである『叛逆の物語』の“叛逆”というキーワードに[新編]のコンセプトが表れている。

《世界への叛逆》
魔法少女達はナイトメアと戦いながら町の人々を守ることを使命としていた。魔法少女である暁美ほむらが見滝原中学校に転校してきたのはなぜか? 先に巴マミと接触していた事から、佐倉杏子と同じようにナイトメア退治の要請を受けたことが理由と考えられる。物語の冒頭では、ほむらは見滝原市の訪問者にすぎなかった。だが、1ヶ月を経過した頃から彼女だけが現状に違和感を覚え始める。仲間達と共にナイトメアと戦う日常から、真実の探求へとストーリーが転換していくことで、ほむらが主役へと躍り出るのだ。ほむらの“叛逆”はここから始まるのである。現在の秩序が確立されている中で、ほむらだけが調和を乱す者となるのだが、偽りの世界の秩序を打破し、真実の世界を取り戻す意志の強さを示している。その強さの原動力となっているのは、まどかへの想いである事は言うまでもない。まどかとの思い出や記憶を改竄されるという事は、ほむら自身がこれまで生きてきた意味を失うことになるのだ。ほむらは大いに憤慨したことだろう。罠を仕掛けた者が魔女であると断定できたのも、まどかとの記憶を思い出したからだ。眼鏡を外し、三つ編みの髪型を解いたのは、偽りの世界で道化を演じさせられていた自分から、本来の自分に戻ることを意味しており、魔女を倒すという決意の表れであった。

《観測者への叛逆》
偽りの見滝原市において、キュゥべえの役割は観測者になることであった。魔法少女が倒したナイトメアからエネルギー採取をすることもなく、人畜無害のであった。「きゅー」と鳴く小動物として存在しているだけで、言葉を発することもなく、テレパシー等で魔法少女達とコミュニケーションをとっているシーンもない。物語終盤でキュゥべえが喋ることを知った杏子らの反応からも、言葉を話せる生き物という認識がなかったことが分かる。そもそもこの世界では、魔法少女がどうやって誕生したのか明らかにされていない。マミが魔法少女として見滝原を守っていた頃にキュゥべえは存在しておらず、マミを支えていたのはベベだけであったと当時を追憶している。つまり、マミはキュゥべえと契約して魔法少女になったわけではない。キュゥべえは誰からも怪しまれないようマスコット的な存在となり魔法少女達の傍にいることに徹したのだ。
キュゥべえが初めて言葉を喋ったのは、物語開始から1時間12分が経過した時であった。上映時間116分のストーリーの中で後半まで正体を隠し続けていたのだ。ほむらの結界を舞台とするならば、まどか達は出演者、脚本はほむら、監督はインキュベーター、舞台を設置した劇場こそが、インキュベーターが用意した実験場であったのだ。だからこそ結界内に招き入れた者達の記憶が都合の良いように改竄されたが、キュゥべえには結果内の法則力が作用していなかった。インキュベーターの真の目的を知ったほむらは、真っ向から対立し、計画を頓挫させるべく“叛逆”する。「円環の理」であるまどかがインキュベーターに支配され魔女を産み出す法則に戻す事は、魔女を消し去る為に魔法少女になったまどかの想いを踏みにじり、再び魔法少女を絶望に貶めることになる。まどかを救おうとするほむらの想いは、自分自身を犠牲にしてでも貫き通す強さがあることを示したのだ。
 インキュベーターが此度の実験を試みようとしたのは、ほむらからの情報提供が発端となっていた。まどかが「円環の理」の概念になった事を覚えているのはほむらだけだったのだが、思い出話としてキュゥべえに魔女化による感情エネルギーの回収方法があったことを教えてしまったのだ。合理的思考で行動するキュゥべえはこの時から、「円環の理」現象の正体を確認する方法を思案しはじめたに違いない。しかも「円環の理」の正体をほむらがまどかと呼んでいたことから、観測の対象を絞る要因になってしまったのだ。
また、さやかとなぎさも観測者に対して“叛逆”を企てる。「円環の理」による法則を守る役割を担っていたのだ。新たな法則を目論むインキュベーターの野望を阻止することが目的であり、インキュベーターに正体を知られないように立ち回る必要があった。かつてキュゥべえと契約して魔法少女になり、その果てにお菓子の魔女となったなぎさは、よほどキュゥべえを毛嫌いしていたのだろう。ベベの姿でいる時に、キュゥべえを威嚇する仕草を見せていたことからも受け入れられない存在であったことが分かる。

《円環の理への叛逆》
インキュベーターからまどかを救う為に、魔女となって死を受け入れることを望んだほむらであったが、まどかがほむらを見捨てずに迎えにきた気持ちを知り、魔女として死ぬことが自分の気持ちを裏切ることであったと痛感する。魔女から人の姿へと戻ったのは、まどかに会いたいとする気持ちの表れであった。まどかへの想いは、何者にも侵すことのできない信念となっていたのだ。そして、まどか救済の対象は遂に「円環の理」に向けられる。人としてのまどかの気持ちを知ったほむらは、「円環の理」からまどかを取り戻そうとしたのだ。だが、その為には魔法少女でもなく魔女でもない存在として「円環の理」に対抗する力が必要だった。かつて、平行世界における因果の糸がまどかの存在へと束ねられたことで、まどかは「因果律そのものに対する叛逆」を成しえて新たな概念を産み出すことができた。では、ほむらが得た力とは何だったのか? ほむらは同じ時間の並行世界を渡り歩いてきた者である。劇場版魔法少女まどか☆マギカ[後編]で、キュゥべえは「魔法少女としての潜在力は背負い込んだ因果の量で決まる」と解説していた。ほむらもまた、まどかへの想いを背負い続けており、幾多の因果に関わる存在であった。改変後の世界でもまどかの記憶を忘れずにいた事と、まどかもまたほむらの記憶を忘れてはいなかった事から、まどかとほむらは互いに繋がる存在になっていたのだ。その影響で因果律を組み替える力がほむらの力に作用していた可能性も否定できない。まどかから託されたリボンを常に身に付けていた事からもリボンを媒体としてまどかを感じていたことが分かる。まどかへの想いを蓄積し続けていく中で、ほむらだけの感情エネルギーを作り出したのではないだろうか。その結果、ほむらのソウルジェムはダークオーブと化し、魔法少女でも魔女でもない新たな存在に変貌したのである。キュゥべえには、その感情を“愛”と説明しているが、かつてまどかの秘密を喋ってしまった失敗があることから、キュゥべえの質問に対して的確に答えてはおらず、理解し難いように“感情”を理由にした説明の言い回しをしたものと解釈する。

《秩序への叛逆》
再構築された世界において、ほむらは自身の存在を「“魔”なるもの」と位置付けた。神と等しい力を持ったほむらは、自身の欲望のままに世界を作り変えたのである。
まどかとの再会を果たす為には、まどかがいる世界に改変しなければならない。改変前の世界で二人が出会ったシチュエーションを再現して、二人の出会いをやり直そうとしたのは、ほむらにとって本当のことは過去にしかないからだ。見滝原中学校の教室は、二人が初めて出会った場所であり、ほむらにとって大切な思い出であることが分かる。転校生のまどかに校内を案内する役を買ってでたのも、過去の思い出を再現をしたかったからである。最初に保健室を案内しようとしたのも、これまで繰り返して一緒に行った場所であり、まどかと保健室に行くことは、ほむらにとって必然であったのである。まどかを案内しようとするほむらに誰も異議を唱える者はいなかったのだが、目で威嚇しただけで取巻き生徒らが退散している。ほむらがクラス委員長的な立場であったか、もしくは女番長的な存在であったかと推測するが、言葉丁寧で不良少女のような態度をとっていなかったことから世話好きのクラスメイトを演じたものと思われる。
まどかとは初対面で会う世界に改変したほむらだが、親友、もしくは幼馴染といった関係にすることもできた筈である。まどかの傍にいる為にはその方が手っ取り早いのだが、一から出会いをやり直したところにほむらなりの拘りがある。自称“悪魔”のほむらだが、さやかと杏子を友達同士の設定にしており、マミとなぎさも知り合いにさせている。かつての仲間達を思いやる一面もあるのだ。最も大切なのはまどかであり、まどかの安全を第一に考えた世界を構築している。3年間海外で暮らしていた設定にしたのは、キュゥべえとの接触を避ける為でもある。「円環の理」からまどかの記憶を取り戻しているが、魔法少女になる前の人としての記憶だけだったのは、魔法少女とは無関係の存在でいて欲しいとする願いがあったからである。まどかが魔法少女になる可能性を極力排除しており、それはこれからも続くものと思われる。
 ほむらにとって想定外だったのは、まどかと「円環の理」とが完全に切り離されていなかったことだ。まどかに「円環の理」としての記憶の断片が残っており、再び記憶を取り戻す可能性があることを知ったのだ。ほむらがまどかに尋ねた内容が [前編]と[新編]で異なっているのは、まどかの存在に対する変化の表れである。
「あなたは自分の人生が貴いと思う? 家族や友人を大切にしてる?」では、まどかが家族や友人を大切にする気持ちがあることを確認して、魔法少女になれば全てを失うことを遠回しに忠告していた。
「あなたはこの世界が貴いと思う? 欲望よりも秩序を大切にしてる?」では、まどかがこの世界で秩序を大切にしていることを確かめて、いつか秩序を乱した自分の行為を正そうとすることを悟った。ほむらが神の摂理に抗う存在である以上、まどかとの対立は避けられない。まどかが自分を容認することはないと確信したのだ。まどかが敵になったとしても、ほむらはまどかの幸せの為に抗い続けるのだろう。ほむらの存在は、まどかによって完結することを示唆している。

《まどかの理想の世界とほむらの本音》
ED「君の銀の庭」では本編を補うまどかとほむらの心情が語られている。歌い始めの「そっと開いたドアの向こうに」は、ED前に描写されている“開いたドアへと続く足跡”と繋がっている演出がなされている。ドアの外側にある世界へ歩き出したのは誰なのか? 「夢はこの部屋の中で」が、ほむらが望んだ結界内を示したのだとすれば、ドアの外にあるのは再構築された世界である。まどかは外の世界へと帰っていき、家族と共に幸せな笑顔をみせていた。まどかが望んだ理想の世界をほむらは叶えてはいるが、まどかの傍にいるのは自分ではない。それができるのは夢の部屋だけである。その夢が終わり、まどかと共に過ごした世界から去っていったほむらの足跡なのではないだろうか。
ほむらがまどかと決別する理由だが、まどかとは敵対することになるから寄り添うことはできないと自分に課したからである。まどかにリボンを返した行為は、ほんとうのまどかが戻ったと確信したから忘れ形見を返したとする見方と、唯一の絆を断ち切って決別することを示唆した見方ができるのだが、その時流した涙の本音が「何処にも行かないで」の歌詞に込められていると解釈すれば、ほむらがどれだけまどかの事を想っていたのかが理解できる筈である。EDで踊るシルエット姿の少女は、まどかとほむらを仄めかしている。二人が色違いで異なる背景にいることから、互いに相容れないことを示しており、改変後の世界における二人の人間関係を表していると思われる。一度、手を伸ばして触れ合おうとしたができなかった描写があるのだが、平行線を辿っていた二人がお互いを求めようとしたけれどもすれ違いになったことを意味している。けれども、紆余曲折の末に二人は向き合い、手を繋ぎ共に走り出している。これは二人の未来を示しているのか? それとも夢物語なのか? これは視聴者に【新編】後の物語を想像する材料を贈ったとも考えられる。まどかと共にあることを望むのもほむらの選択の一つなのであり、まどかの理想とする世界で、ほむらはどう在るのかを表現していると解釈する。

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
にほんブログ村




にほんブログ村 アニメ感想

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語考察 サイネリア〜わたしのひとりごと〜/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる