魔法少女まどか☆マギカ 第9話考察~さやかに届け杏子の想い!~

TVアニメーション「魔法少女まどか☆マギカ」公式サイト
タイトル「そんなの、あたしが許さない」

この宇宙の為に死んでくれる気になったら、いつでも声をかけて。待ってるからね


<常にクールであること>
PTにおいて<後衛にあたる魔法使いは常にクールであることが理想である。
さやかと杏子は前衛タイプ。熱くなった杏子を救出し、退くことを選択したほむらはベストな選択であったといえよう。
言葉遣いにおいても回りくどくなく端的であるのもその資質からのものであろう。
事実を受け入れることに抵抗を感じ、他人から見られる自分の体裁を気にして決断を他者に委ね、感情論で一時凌ぎ的なまどかはPTにおいてはお荷物でしかないのかもしれない。それは、戦う事を宿命づけられた魔法少女ではない者の立場であるからこその視点でもある。魔法少女の戦いを人間の少女として係っているのがまどかの立ち位置なのである。

<キュゥべえは宇宙からの使者>
まどかの部屋に描かれたたくさんの椅子と椅子の一つ一つにのっているぬいぐみ。これって『ぼくらの』描写!?
それぞれの生命の固体、椅子はその固体が生きていた証、キュゥべえにとって、それらは消耗品でしかない。
以前からの考察で、キュゥべえを送り出した存在こそが真の黒幕ではないかと推測しておりましたが、その存在は魔法使いの国でも魔女の国でもなく、外宇宙の知的生命体であり、ファンタジーからSFへと超展開するジェットコースター(笑)。
宇宙の存在(寿命)を延ばす為のエネルギーとして利用する。人が地球の生み出したエネルギーである石油を当たり前のように使っているのと同じように、宇宙の生産物である地球のエネルギーを、全宇宙の為に使うということ。
エネルギーに感情があったとしても、その感情を考慮すること事体論外なのである。
侵略者としてエネルギーの採取を目的にきたのであれば、人類の敵として認識できるのであるが、インキュベーターは感情をもつエネルギー源の意志を考慮し、“願い事をかなえる”という対価を先に与えている点がこれまでの認識を覆している。キュゥべえにとっては、宇宙の資源扱いである人間に最大の配慮をしているという認識なのだろう。

将来、宇宙の生命に仲間入りするであろう地球人類が、少女の命をつかって投資する構図を思い描く。
黒幕を倒すという行為は物語に求められるものではなく、宇宙の意志に対して少女がどんな生き方をする決意をしたのかが、物語のテーマになりそうである。

<まどかは魔法少女に!?>
まどかが宇宙全体の意志を変えるだけのエネルギーを秘めた逸材であるならば、全宇宙に対し、地球からのメッセンジャーとしての役割が相応しい。その存在は魔法少女を超えた呼び名を与えるべきであろうが、キュゥべえと交わす契約には釣り合わない。キュゥべえ以上のインキュベーターが存在してもよいのだが、まどかは一体誰と契約するのか気になるところである。

<本話のヒロインは杏子!>
さやかを救いたい…愛と勇気が勝つストーリーに憧れる魔法少女として杏子は抗った。
杏子はさやかに自分を重ねており、さやかを救うことは自分を救うことでもあったのだ。
さやかとは親友…と呼べる仲になったわけではなく、一方的なお節介で接していただけだったかもしれない。
さやかにとって杏子は大切な友ではなかったかもしれない。杏子はさやかと友達になりたかった。
魔女のさやかをこのまま魔女として倒すことは杏子にできなかった。元に戻す方法がみつかるまでさやかを一人きりにさすこともできなかった。杏子はさやかへの想いと自分への勇気をもって共にあることを願った。
魔女でもなく、魔法少女としてでもない。呪縛から解き放たれた存在になったのだ。

<キュゥべえが計画したシナリオへ…>
キュゥべえにとっては、さやかが救われることはなく、杏子の死をシナリオに描いていた。
それはまどかを魔法少女にする為。ほむらのワルプルギス対策は頓挫してしまった。
まどかを救うだけなら、まどかを連れて町から出ればいい。合理的ではあるものの、まどかは感情論でそれをよしとしないだろう。町を救う為に魔法少女になる決意をしてしまうかもしれない。
第1話でのギミックがいよいよ発動する……




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