あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。最終話考察

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。
タイトル「あの夏に咲く花」

~私達六人で超平和バスターズなんだものね~

ようやく辿り着いた答え。そして出発点。シリーズ当初、めんまが叶えたい願いとは、バラバラになった超平和バスターズの仲間達の絆が再び戻り、再出発することなのではないかと思われた本作品。
心がバラバラだった仲間達。それは各キャラクター達の心中を描いた前話のストーリーからも理解できる。
各話で途切れ途切れに思い出されれてきた過去の記憶。秘密基地での出来事やじんたんの母との思い出が伏線となり、キャラクターそれぞれの記憶が最終話でようやく出揃ったことで伏線を回収させている。
ただし、全てが綺麗にまとまって解決した訳ではない。
めんまの願いは、じんたんのお母さんとの約束を果たすことであった。めんまの姿が消え出したのは、じんたんのお母さんとの約束を思い出したことで、じんたんの前に現れてから今日までの日々で、すでに願いを叶えた事に気付いたからだ。
じんたんがシリーズ中、初めて泣いたのは第8話。めんまの死、母の死を無理に受け入れたであろう幼き日のじんたんは、決して泣かなかったのであろう。今、ようやくめんまとのお別れに対して、涙を流すことができたのが第8話であったのだ。

めんまが果そうとした約束が、じんたんの母との約束でもあったならば、じんたんは母の死についてもめんまと同じ気持ちで受けとめて、あの日流せなかった涙を流して欲しいところであったのたが、超平和バスターズを主役としたストーリーである為、そこまで描かれなかったことが悔まれる。

めんまの事をどう想っていたのか、そしてまだ明かされていなかっためんまが死んだ日の出来事がようやく語られ、散らばったパズルのピースがどんどん埋まっていくかのように繋がっていった仲間達。最後の欠けた部分にようやく分からなかったピースが当て嵌まったのだが、つることぽっぽのトラウマについては尺足らで二人の為の話数をシリーズに盛り込んで欲しかった。
つるこがゆきあつの捨てた髪留めをどんな気持ちで拾いに行ったのか?
ぽっぽがめんまが死んだ場所と思われる場所に、花を添え続けてきた気持ちの描写など、もっと掘り下げたエピソードが必要であったかもしれない。

ただし、それ以上にヒロインめんまが再び生きた物語に、彼女の魅力が溢れんばかりに盛り込まれている。
めんまの純粋で、真っ直ぐな心に胸を打たれ感動をさせることに関しては最高の評価をしたい。
めんまが残された力で書いた仲間達への5枚の手紙……それは花びらの形のようでもあった……。
つるこへ。
やさしいつるこがだいすきです。

ゆきあつへ。
がんばりやさんのゆきあつがだいすきです。

ぽっぽへ。
おもしろいぽっぽがだいすきです。

あなるへ。
しっかりもののあなるがだいすきです。

じんたんだいすきです。
じんたんへのだいすきは、じんたんのおよめさんになりたいなっていう
そういうだいすきです。


第1話と第8話で牛乳ビンの中の花は6本とも枯れていたが、最終話では6本とも生き生きと咲いている花が飾られており、対照的に描いているのも、演出描写であり、事態が好転したことを意味している。

1つにまとまった超平和バスターズの皆が、めんまの姿を認識できてお別れする展開は大方予想できたことであろう。
最終話のBパートにして、じんたんがめんまの姿を認識できなくさせ、ゆきあつ、あなる、つるこ、ぽっぽらと同じ視線でめんまを探させる展開にしたことは意外であったのたが、じんたんだけのめんまではなく、みんなのめんまとして、ようやく超平和バスターズが再集結し、あの日言えないままお別れしてしまったことをやり直させたのである。
始まりは、じんたんからめんまを通して描かれた物語であり、過去に残したまま心に抱え込んでいるトラウマを解決・解消していく中で再び集まった仲間達との絆が美しく描かれている。

最終話のじんたんTシャツロゴは「真心」と「無常」
「真心」とは、偽りや飾りのない心。皆の真心が描かれたことは言うまでもない。
「無常」とは、移り変わってすこしもとどまらない意味でもある。エピローグで描かれたその後は、もう過去にとどまっていなかった。移り変わる季節の中で、彼らがその後どんな人生を歩んでいくのかを想像させて完結させている。
第1話から続くじんたんTシャツシリーズも、ストーリーを説明する演出の一役を担っていたのであった。


~あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。タイトルの意味するものを別視点で考察…~

作中には色んな花が描かれてきた。“花”の意味を単純に植物の花とし、“あの日見た”を現在から過去を振り返っての意味にとらえると、めんまと再び過ごしたあの夏の日の思い出に残る花という見方になるのだが、過去の思い出に浸るのは本作品の意図したテーマとは違うように思える。

めんまは成仏した後、生まれ変って再びみんなと会うことを望んでいた。
花の名前というのは、生まれ変っためんまの名前のことなのではないだろうか? 
OPでめんまが花の姿に変わるシーンでタイトル文字を形成したことにも意味付けされていたと思慮する。今から“未来”へと進んでいくことを描いた最終話であるからこそ、止まった時間が動き出した僕達(じんたん・あなる・ゆきあつ・つるこ・ぽっぽ)が、生まれ変って再び出逢うことを望んだめんまの生まれ変りを意味するタイトルとしてみることができる。
皆、再びめんまの生まれ変りと出逢えると信じている。けれど、今はまだその生まれ変った存在が何なのか分からない。だから、僕達はまだ知らない。のではないだろうか。
ラストに描かれた花は「忘れな草」であり、花言葉を視聴者と残されたキャラクター達へのメッセージを演出させているが、タイトルの“花の名前”が「忘れな草」であるならば、誰ひとりとして花の名前を知らないままにさせる意図が不明でありタイトルの意味が釈然としない。まだ知らないということは、いつかは知る未来がくることのように思えるのだ。


スタッフ、キャストの皆様、制作関係者様、素晴らしい作品をありがとうございました。

"あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。最終話考察"へのコメントを書く

お名前:
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント: