BLOOD-C第11話感想 ~嘘と本音~

第11話「たれをかも」

タイトルは百人一首第34番より
『誰をかも しる人にせむ 高砂の 松もむかしの 友ならなくに』(藤原興風)

この百人一首の意味は「もう心を許せる友達は誰もいなくなってしまった。いったい誰を友達と呼べばいいんだろうか…」である。今話の内容と繋げるならば、小夜の昔からの友達は誰もいなかったという意味に類する。

作    画:8(役者の素顔は怖ろしい)
ストーリー:8(見事ドッキリに騙された)
アクション:3(古きものとの戦いを舞台裏から見て分かる真実)
萌    え:1(ギャップ萌……するキャラはいないなぁー)


第1話から、タイトルとストーリーとの関連性に疑問を抱いていたのだが、香奈子の研究する百人一首とアヤカシとの関連性の説明だけでは、各話のストーリーに結びつけることはできない。

小夜の台詞がほとんどなく、準主役(出演者)らによって本作品の設定とシナリオを明かした一話。
香奈子が解説役となり、小夜&視聴者に舞台説明を知らしめるのだが、出演者は脚本家のシナリオ通りしか役を演じることができず、己のやりたいことができなかった。

当初は香奈子がある組織の一員として小夜に近づき、文人サイドと対立する構図が背景にあると予想しておりましたが、離反者であったことが分かりました。そして、各キャラクターの役割が明らかにされたことで、虚像のストーリーを今まで見てきたことを知る。特に、香奈子・ねね&のの・慎一郎の役者の仮面を脱ぎ捨てた素顔がさらけ出されたわけだが、個々の私利私欲・欲望が吐き出され、ギャップの違いが今話までのキャラクター像を全て打ち消してしまったことに驚く。

第4話で古きものに食された職員達の台詞は、演技ではない真実であった。自分たちが殺されるというシナリオなどなかったからだ。

文人が用意したキャストに含まれないであろう四月一日もどきの“犬”。小夜を励まし自身の記憶と向き合うようにさせた彼の行動は、偽りのないことであることを期待する。

逸樹の役回りですが、彼は本当に小夜を好きになっているのではないかという表情と台詞から感じられる感情にもチェック。アニメ画と声優の演技ですから、嘘とも本当とも読取れないところがあるのですけどね(苦笑)

香奈子は『涼宮ハルヒの憂鬱』の「朝倉涼子」タイプなのでしょうね。“現状維持”から“変化”を求めた。強硬手段ともいえる為、協力者を募って行動に出たのだが、舞台を壊した代償をどうするのか、文人の素顔がようやく最終話でさらけ出ることになるのでしょうが、小夜のおいてきぼり感がすさまじく、小夜の素顔も今までとは違うキャラでキャラが変わっては、テレビシリーズは小夜の物語ではなく、実験舞台の見世物に過ぎなかったことになる。

どうまとめるのか、監督・脚本・演出の手腕の見せ所でもある。最終話に期待したい。


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2011-10-04
藤咲 淳一

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